「 反盧武鉉・新保守勢力の台頭 」
『週刊新潮』 '05年5月19日号
日本ルネッサンス 第165回
急進的な左翼革命に邁進してきた韓国の盧武鉉政権に、国民の側から強烈な反発が出始めている。ひとつは4月末の補欠選挙であり、もうひとつは、静かに広がる若い世代の反盧武鉉の傾向だ。
4月30日の補欠選挙完敗で、盧武鉉政権は国会での過半数の議席を維持出来なくなった。その惨敗はすでに報じられているが、詳細を見ると、与党ウリ党にとっての深刻さが浮き彫りになる。補欠選挙は国会議員(6選挙区)、地方自治体首長(7県)、地方議会議員(10選挙区)で行われ、ウリ党候補23名が全滅という史上最悪の結果となったのだ。
盧武鉉大統領のお膝元、慶尚南道の金海という町では、野党ハンナラ党の金正権候補が3分の2を超える票を獲得した。大統領は同地域に特に力を入れてきただけに、結果は驚きとして受けとめられた。
大統領の生れ故郷、釜山は現在は広域市として独立しているが、元々慶尚南道の一部だった。その釜山の近くにこの金海という町もある。大統領の出身地を抱える慶尚南道に、大統領を輩出したことによる特典を期待する空気が生じてもおかしくはない。大統領はその空気を巧みに掬い上げ、ハンナラ党所属の慶尚南道の知事、金辷珪(キムヒョッキュ)氏を引き抜いてウリ党から国会議員選挙に出馬させたのだ。彼は比例区で当選、大統領は彼を総理に指名しようとした。
だが、この人事はハンナラ党の反発で挫折し、現在、金辷珪議員はウリ党の常任中央委員を務めている。
また、金斗官(キムドゥグヮン)氏は慶尚南道南海郡の郡守だったのが、2002年の知事選挙で落選した。その人物を盧武鉉大統領はいきなり中央政府行政自治部長官に引き上げたのだ。同ポストは、日本の内閣府と総務省を合わせた機能を持つもので、権限は広範囲に及ぶ。地方の市レベルの自治体の長をいきなり大抜擢した人事は、盧武鉉大統領の同地域重視の証しとされた。
一連の強力な梃入れを行った地域にもかかわらず、ウリ党は、今回の補欠選挙で3分の2以上の票をハンナラ党に奪われたわけだ。
韓国民に芽生えた懸念
注目すべきはもうひとつの地域は忠清道である。忠清道への盧武鉉大統領の戦略に関しては、かつて当欄でも触れたが、大統領にとって、ここは次の2007年12月の大統領選挙を考える上で、最重要の拠点とみなされている。保守派が強い慶尚道やそれと対立する全羅道に較べれば、忠清道は保守勢力が安定的に強いわけでも、ウリ党勢力が圧倒しているわけでもなく、中間派的な政治風土を擁している。忠清道を制することが出来れば、次の大統領選挙で盧武鉉大統領は極めて有利な立場に立てる。
だからこそ、盧武鉉大統領は憲法裁判所から違憲判決を突きつけられる程、忠清道に対する梃入れを過熱させたのだ。国民の反対を無視してソウルからこの地域に首都を移転しようとした大統領に違憲判決を下して移転をストップさせたのが、憲法裁判所だったことは周知のとおりだ。
だが、大統領は執念の人である。憲法裁判所の判決にもかかわらず、丸ごと首都を移すのではなく、部分的に移せば違憲ではないとの解釈で現在も計画を進行中だ。首都機能の移転は、当然巨額の投資を伴う。景気も浮揚し、雇用もふえる。
部分的とはいえ、忠清道は当然、首都移転を歓迎し、盧武鉉大統領を支持していると思われた。その結果、今回、忠清道で戦われた2つの選挙区での国会議員選挙は、ウリ党が有利だと思われていた。だが、結果は両選挙区でのウリ党の惨敗だった。
ウリ党関係者らは、投票率が36・3%と低かったために、国民の意思が十分に反映されずにこのような結果となったと説明している。たしかに投票率の低さから見れば、今回の予想を上回る与党の敗北は、必ずしも全国民の意思の反映ではないかもしれない。だが、選挙前に竹島問題をきっかけにして反日感情が激化し、盧武鉉大統領への支持率が20%台から40%台へと急上昇していたことを考えれば、この選挙結果には、やはり重大な意味がある。ひとつは、反日感情は、政権の支持率を急上昇させたが、大統領の極端な反日、反米政策がいま、韓国民の間に深刻な懸念を生じさせている点だ。
韓国の実情を見誤るな
韓国では、匿名を条件にすれば、盧武鉉大統領の反日反米政策が如何に韓国の未来を危うくするものであるかを指摘し、盧武鉉政権の下での韓国の未来を懸念する人は少なくない。ただ、彼らは、“親日的”であると見られるのを恐れて表面に出ないだけである。今回の結果は、表立っては発言しにくいこれらの人々の思いがもたらしたものであろう。
もうひとつ、注目すべきは、韓国の学生の中に芽生え始めた保守への回帰である。韓国の大学生といえば、私たちは急進的な左翼系の活動家、日本の全共闘のような学生たちをイメージしがちだ。たしかに革新系の学生も少なくない。しかし同時に、韓国の名門女子大、梨花女子大学や淑明女子大学などを含む複数の大学で「ニューライト」の潮流に歩調を合わせる保守系グループが形成されつつあるのだ。
「ニューライト」は、今は40代になったかつての左翼系の学生たち、386世代と呼ばれる人々が軸になった勢力だ。金日成の主体思想とマルクス・レーニン主義を信奉する過激な左翼思想で始まった386世代が、今や、分裂し、一方は盧武鉉大統領をとり巻く勢力になり、もう一方は転向してニューライトと呼ばれる新保守勢力になった。この386世代のつくる新保守勢力に、20代の学生たちが協調し始めているのだ。
無論、彼らがどう育っていくのかは未知数だ。だが、全国的な組織と独自の財源をもつキリスト教会の動きと共に、新保守派の台頭は現政権の左傾化に歯止めをかける役割を果たすのではないだろうか。
どう繕おうとも、4月末の選挙結果が、大統領に与えた衝撃は大きい。それだけに、強大な権限をもつ大統領のこれからの対策が注目される。大統領はすでにメディア規制法を成立させ、マスコミをコントロールする術を手に入れている。歴史の見直しや過去における反民族的言動の洗い出しなどを介して、すでに一部行われているように、保守派潰しに乗り出すことも出来る。恐らく盧武鉉大統領は、持てる権限をフルに活用して失地回復をはかる。だが、それが韓国の未来を切り拓くものでも、韓国民の希望と一致するわけでもない。
その韓国の現状を、日本は読み誤ってはならない。軽々しく盧武鉉大統領の要求を容れることなく、あくまでも日本の立場を言葉を尽して毅然として主張し続けることが、実は、韓国内の常識ある保守派層の共感を得て、日韓双方の国益に貢献する道であることを忘れてはならない。